2017年03月27日

諦めない

曜日の話題は週末の出来事やら天気はどうだろうってな話で始まるが、今日は俄然、稀勢の里。10歳の時に星取表を切り抜きして以来大相撲ファン45年、その中でもベスト5に入る名勝負だった。なにが凄いかって、とにかく13日目のはね太鼓が打たれたあとに「明日も出る」と決断した心意気だ。今場所の彼のすべてがそこにあると思う。「諦めない」この一言。

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奇跡でもなんでもいい。正直な気持ち、日本人が優勝すほど気持ちのいいものはない。モンゴル出身横綱、対戦相手の大関には触れない。とにもかくにも稀勢の里。


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国歌をこれほど思い深く聴いたことはなかった。客観視できない自分でよかった。

それにしても録画したサンデースポーツの画面を撮影した後、間違ってHDのデータを消してしまった。悲しくて、悔しくて。でもNHKが特集を組んでくれると信じている。もう一度、必ず録画できるはずだ。絶対に諦めない・・・



posted by オガワタカヒロ at 23:51| 宮崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 美しい日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月26日

例の一枚板のテーブル

「キリがない」とはこう言うことなのだろう。例の一枚板のテーブル。まだ完成していない。進まない理由は表面の仕上げ。板を切り出した時に出る板面の「波」を取るか取らざるべきか、あれこれ仕上げの方法を考えすぎて時間だけが過ぎている。しかも村で一番人通りの多い場所で作業をやっているので、通りすがりの村の人の言葉に迷う迷う(笑


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でもいいこともある。週末は村外からのお客さんが多い。「テレビで見たんですけど〜、チーズケーキ。ここですかねぇ?」と車の窓から声をかけられる。「ここですよー。今、空いてますから、どうぞ〜」と誘う。いつも空いているくせに、よく言うなぁ、と苦笑いしながら、気分は観光地の客引きおじさんの気分だ。そのあと、通りすがったママと娘さんにも声をかけて製作途中のテーブルで初珈琲を飲んでもらった。

意外に未完成の方が繁盛するかもしれんな・・・



posted by オガワタカヒロ at 23:50| 宮崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | la mère | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月25日

人の出会い

織に属したことが一度だけある。写真学校を卒業してすぐに広告制作会社に勤めた。職場は撮影スタジオのアシスタント。月給5万円。交通費は支給。毎日4時間ほど残業しても7万円くらいにしかならなかった。それでも十分過ぎるくらい得るものがあった。そこを出て、一人前にしてもらった師匠に出会い、5年修業の後、独立して28年。組織内で行われる人事には無関係な人生を送っているが、クライアントの担当とはかなりの距離で仕事をするので、異動となればいささか寂しい気分になるものだ。

様々な職場で悲喜こもごもの送別会が行われている。人の出会いは後で考えてみれば、会うべくして会ったのだと感じることが多々ある。自分と関わりを持たせてもらった人には影響も受け、またこちらからも何かのエネルギーを送っているのかもしれない。


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「撮らずにおられん!」の最終ゲラが届いた。原稿と写真を送って、何度も何度も直しを入れて作り上げる過程がたまらなく楽しい。担当者と最後の仕事、明日掲載。


またどこかで、

ありがとう。


連載は続きますよ ^^



posted by オガワタカヒロ at 23:53| 宮崎 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | お仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月23日

スケジュール重なる

育館から雨音をかき消すように「蛍の光」が聞こえてくる。村で唯一の小学校、村所(むらしょ)小学校の卒業式が執り行われた。卒業生は8名。例年並みだ。4月から全員が西米良中学校へ進学する。保育園から約10年、変わらぬクラスメートと過ごすのもあと3年。


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卒業写真撮影の前に少し時間があったので、久しぶりに校門側の140段余りの階段を歩いてみた。登校中、ポケットに手を突っ込んだままで登っていたら、階段を踏み外し顔面を角にぶつけて目頭から鮮血を流したことがあった。「先生〜〜〜!大変です!たかひろくんの目から血が吹き出しました !!!!! 」一緒に登校していた女の子が派手に騒いで大事になったなぁ。


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校門脇に咲く木蓮。今まで気がつかなかったけど、こんな立派な花を付けていたとは・・・


スケジュールが重なる時はこんなものだ。卒業式の撮影を済ませるとすぐに宮崎市へ向かった。14時からの宮崎県美術展の企画会議が開かれる。先般開催した美展の反省と来期の構想に活発な意見が出た。宮日美展でも問題になったデジタル処理関係と、他コンテストでの入賞、入選作品を応募する不届き者がいるという。残念なことだが厳しい目を持って対処せざるを得ないと思う。

会議が終了して、夕方からは異動が決まった仕事仲間の送別会。場所はこちらに任せてもらったので、中央通りにある「鉄板料理 つむぎ」を予約した。オーナーの藤原さんは西米良に赴任されている奥さまのご主人。「行きますよ」と言いながらなかなか伺えなかったのでいい機会になった。

赤が基調のこじんまりした店内だが、若い職人さんの活気が伝わってきて、旨いものを食べさせてくれる予感のする店だ。予感は的中。店の良さを判断するのに生ビールとグラスがある。客の回転が良くないと味の滑らかさが失われるし、グラスの管理が行き届いていなければグラスの内側に泡が残る。いずれも言うことなしの「絹のような泡」で乾杯ができた。料理は言わずもがな。丁寧な味と盛り付けに友人も満足げだった。藤原さん、ありがとう。

すっかりできあがって、常宿のビジネスホテルにバタン休 zzzzz・・・・



posted by オガワタカヒロ at 23:58| 宮崎 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | お仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月22日

家族の記録は言わずもがな

めての仕事にこの歳で挑めるのは幸なことだと思う。僕がカタギの仕事に就いて組織に入っていれば勤続30年。「部長」とか「課長」とか呼ばれて繰り返す仕事にヘトヘトになり「定年して早くのんびりしたい」なんて呟いていたかもしれない。

それにしても「初めての仕事」。写真を撮り始めて40年。プロになって28年も経っているのにこの被写体だけは無かった・・・「マタニティーフォト」。それも村民から依頼を受けたことに意味がある。家族の記録は言わずもがな、村の歴史を残す貴重な一枚になった。


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臨月から誕生して2ヶ月。経過したまぎれもない「とき」を感じる。


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4人目の弟を手厚い愛情で迎えるお兄ちゃんたち。鍛えられるだろうなぁ ^^




公開の許可を下さった奥さまに感謝します。いい仕事をさせてもらえました。ここでお披露目はできませんが、臨月のカットはほんとうに美しかった。性別を超えた人間のルーツのようなものを受け取った気がします。

ありがとうございました



posted by オガワタカヒロ at 23:55| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月21日

小洒落ている

末が近づくとどのカメラにするか迷う。いや、「撮らずにおられん!」の話。もちろん何を撮るかも重要なことだけど、好きに撮らせてもらえるのだからこだわらなくてはいけない。まずは自分が納得して被写体に向かえるカメラを手にしないことには話が始まらない。

二眼レフほど短期間で多くの機種が生まれたカメラもないのでないか。1929年(昭和4年)ドイツのローライが発売するや、瞬く間に全世界に広がった。日本でも戦後爆発的ブームを巻き起こし、製造したメーカーの頭文字がAからZまですべて存在したと言われている。

今回、白羽の矢を立てたのが、フレクサレット6型。聞きなれない上に日本語で発音しづらい(笑)ドイツの帝王ローライに対抗して、チェコスロバキアから1961年に発売された。黒一辺倒のカメラ色にあってグレーは目立つし小洒落ている。真四角で撮れる画面とその可愛さにディープなカメラ女子がいっとき欲しがったらしい。


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今年はなかなか春が来ない。一番桜と日常の暮らしを、待ちわびた気持ちで撮り下ろした。

今月の掲載は26日、日曜日。「撮らずにおられん!」(毎日新聞)にて。


posted by オガワタカヒロ at 22:48| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | カメラのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月20日

雨音を聞きながら

日晩酌する。365日。ほんのすこしだけ。酒の種にはこだわらないが、好みをいえば、日本酒、焼酎、ビール、洋酒、ワインの順。つれ合いが「おかず」より「肴」を意識してくれるのでおいしく頂ける。これはもう、ほんとうにありがたいこと。

大昔、僕のところでアシスタントをしていた人が結婚式にも呼んでくれて、来賓なんて席を用意して挨拶までさせてもらった。たいした言葉でもなかったが大そう喜んでくれた。

時期になるとこの人が焼酎「三岳」を送ってくれる。僕が「大好き」と言ってはばからない焼酎と知っているからだ。年末に頂いたのにもったいなくて手をつけていなかったが、今夜は久しぶりに雨音を聞きながら口切しようと思っている。


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posted by オガワタカヒロ at 20:36| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 美味しいもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月19日

楽しむことが上手な人種

い陽気だった。この暖かさで桜も目を覚ますにちがいない。

昨日天板をいただいた後、山を下りて2,640円のサンダーを買ってきた。天板の表面は多少のゴツゴツがあるだけで、安物でも十分用を足すと思ったからだ。

朝、スタジオのシャッターを開けると早速作業に取り掛かった。付属されていた荒削り用60番のサンディングペーパーを使いながら丁寧に磨いていくが、このマシン、超仕上げ用らしく表面の毛羽立ちは削れても製材時のゴツゴツまでは研磨できず、微妙〜な仕上がりになった。

ところが嬉しかったことに、通りがかった村の人があちこちから集まって来て力を貸してくれた。天板を支える樹齢50年の切り株の高さを合わせるために、チェンソーを持って来てカットしてくれたり、ぐらつく板との隙間にはクサビを打ち込め、とばかりに余った丸太を工作する人や、珈琲を飲み来てくれた帰省中の学生も加わり、ワイワイガヤガヤ。米良人はほんとうに楽しむことが上手な人種だ。


午後から一息入れて春探しに出かける。

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待っていたのは日常を非日常に変える花の開花。大好きな「曲線」を従えて、山桜見参。



posted by オガワタカヒロ at 23:16| 宮崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 美しい日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月18日

見にくっかい?

う鳥や咲き出した草花から春を感じる今日この頃だが、毎日の気温差が大きく体感的に春は少し先のような気がする。「山桜は咲いてると思っていましたがまだなんですね」と日南市からみえたお客さんが残念そうにギャラリーの写真を観ていた。

だがそんな時だからこそ春の準備をしなければ。先日書いたギャラリーの店舗前にオープンスペースを作ろうと四苦八苦していると村の人が声をかけてきた。

「なん作りよっとかい?」
「ここで珈琲飲んでもらおうと思ぉて、テーブル作りよってすわ。試しに撮影用の板を置いてみたってすけど」
「そん板を使わんとなら、俺んとこにそんくらいの一枚板があるが。見にくっかい?」
「ほんとですか!譲ってもらえるとですか。行きます行きます、すぐ行きます」


🎄🎄🎄🎄🎄🐶🎄🎄🎄🎄🎄


「俺の遊び場」とおっしゃるご自慢の山小屋で頂いてきた。小屋の周りには何年もかけて作った楽し過ぎる空間が広がっていて、価値観さえも変わってしまうほどの理想郷だった。


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さて、これにサンダーを掛けて磨き上げなければ。できあがった暁には山桜の届ける香りを肴に、キンキンに冷えたビールで一杯やろうと思っている。



posted by オガワタカヒロ at 22:30| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | la mère | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月17日

償いをせねば

30年前に中国を旅した時のポジフィルムを探したことを書いた。2ヶ月近くあちこち放浪したのに、ろくな写真がなかったので自分としては「放ったらかし写真」と位置付けていた。だが今見返すと25歳にしか撮れなかった写真がいくつもあってなかなか新鮮だ。

当時からすれば考えも及ばないデジタル時代が到来し、ポジをスキャニングして拡大確認できるうえに多くの方にWebを通じて見てもらえる。先日からフェイスブックの「友達」さんたちには「25歳の元服」のタイトルで毎日アップしているが、しっかりプリントしてどこかで展覧会をやらなきゃいかんなぁと考えている。

30年間放ったらかしにしていたポジたちに、せめてもの償いをせねばと・・・。


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ひとり旅ゆえ、自分の写真はほとんどない。当時日本でも走っていなかったロングノーズトラックのサイドミラーに映った自画像。



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2017年03月16日

一生の別れ

レの日は天気が気になる。「雨降って地固まる」と苦し紛れの挨拶をする来賓の言葉も聞きたくないし、 先ずもって最後の制服姿が雨をバックでは気の毒だ。

西米良中学校の第70回卒業式が快晴の中挙行された。村の全家庭に流される村内放送、朝の「ホイホイライン」で、卒業する3年生が一人ずつ村民に向かって別れの言葉を送っていた。
 
「15年間ほんとうにありがとうございました。夢に向かって一生懸命に生きてゆきます」

女子2名、男子5名。来月から親元を離れての一人暮らしがはじまる。四季折々の景色や、優しかった村の人たちのことを回想する7名の心境が伝わってくる。

僕らが卒業した40年前でも高校に進学した後、村へ帰って来る人は一人もいなかった。いわゆる村と「一生の別れ」になる人もいる。送りだす親も中学の3年間で炊事洗濯を一通り教えて別れの日を迎えるのだ。


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全校生徒25人が作った「創立70周年記念誌」が届いた。先日写真の撮り方をアドバイスした授業のお礼だとのこと。中でも卒業生7名が書いた「10年後の西米良中学校様へ」と題した手紙は泣ける。宛先は学校のほかに、テニスコート、体育館、山、鉛筆ってのもあった。

・10年後の西米良中学校 様
「寂しいですが、自分の夢に向かって頑張ります。何年先までも楽しい思い出を生み出す場所であり続けてください」
「十年後、大人になった姿を見せに帰ってきます。(中略)みんな夢を叶えて、この場所で再会できるように、それぞれの道で頑張っていきます」
・テニスコート 様
「君と共に過ごした日々は、きつい時もあったけど、とても充実した時間でした」
・西米良中学校横の山 様
「季節ごとに色をかえ、変わっていく山を私はいつも眺めていました」
・体育館 様
「体育館は僕のリフレッシュすることができる場所です(中略)これからも後輩たちに元気な声をひびかせてほしいです」
・放送室 様
「十年、二十年後も、人を喜ばせるような放送を届ける放送室であって下さい」
・鉛筆 様
「あなたのおかげで入試を乗り越えられました。(中略)いつまでもいつまでも大切な親友でいてください」



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2017年03月15日

なんだこいつ

ちの店は元衣料品店だったこともあって、商品が「日焼け」しないために3mほど奥まって玄関がある。横幅は10mあるのに使い勝手が悪い。これまでは妻と僕の軽四輪駐車場で使ってきたが、ここにサブロクの天板を置いてオープンスペースを作ろうと思う。

さて、天板。ホームセンターに目星を付けていた板があるので、いつものように父の軽トラを借りて県境の山を抜け熊本県に下りた。山道はくねっているが、小回りのきく軽トラにとっては高速道路のようなものだ。

街へ下りると頻繁に信号があってスタートストップの繰り返し。今までのスピード感が失われて退屈な運転をしていると、後ろの車があおってくる。さらに最接近して抜き去った。「なんだこいつ」。いい歳して負けず嫌い。今度はこちらがあおってやった。僕がコンビニに入ると、通過しながらこちらの顔を確認するように走り去る。


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なるほど。標識を取り忘れてたってわけか。高齢者にしては戦闘的な運転をするものだと思ったんだな。ごめんよ。


posted by オガワタカヒロ at 23:39| 宮崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 美しい日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月14日

淡々と

らが写真学校時代からお世話になっていた「堀内カラー」が今月31日でリバーサル現像処理を終了するようだし、1月にコダック「エクタクローム」フィルムの再販が話題になったが、日本での販売見通しが聞こえてこない。さらに、一般カメラ店の「カメラのキタムラ」が、全国で129店舗を閉鎖すると2月に発表。これまた35年一筋。「ニコン」のカメラ事業部門不振が続き、新機種販売中止など、大幅な業績右肩下がり。カメラ以外の新事業へ投資を進めているようで、カメラ部門に影響が出なければいいのだが。

つまり、大方な人の「写真」は、カメラで撮るものでもなければ、プリントするものでもなく、スマートフォンで収集する記録データでしかないということだろう。カメラを愛し、写真に夢を求める人間にとってはこんな乾いた概念は聞きたくもないので、噂には耳を貸さず淡々とカメラにフィルムを詰め、露出を測り、ピントを合わせ、静かにシャッターを押すのみなのだ。


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posted by オガワタカヒロ at 22:50| 宮崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月13日

カメラマンはスナイパー


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「ライフルで狙われているみたいですね」と言ってカメラの前に立ってくれたのは織田裕二さんだった。レンズを通して右目だけでファインダーで見る光学的な情報ではライブ感に乏しい気がして、特に強いオーラを発してくる人には両目を開けて対峙する。彼の言ったとおり、カメラマンはスナイパーになる時もある。狙った獲物を数百分の、いや数千分の1秒で捉える感覚と目を持たなければ仕事にならない。


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前置きが長くなったが、お散歩撮影に便利な「カメラグリップ」を購入した。暖かくなってきたし、そろそろお散歩撮影の季節到来。被写体はずいぶん長閑になったが、捉えるレンズはライフルのまま。錆ついちゃいねぇぜ(宍戸錠)

 
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カメラグリップ PH(ハクバ)1,490 円(税込・ヨドバシカメラ)

手の甲を抑えるタイプは沢山出ているが、こいつは手首を固定する。手を離してもカメラが落ちない。「怖〜〜い!」と妻はたじろいだが、「プロボーラーみたいでカッコイイだろ」と応戦した。

いろいろ口コミが載ってるけど、ベルトの締め方を工夫すればとても使い易い。おれにはバッチリ。



posted by オガワタカヒロ at 22:51| 宮崎 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | カメラのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月12日

濃密なコミュニケーション

が「春のお彼岸も近づいてきたし、お墓が混まない頃にお参りしたいとよ。それに、なんか、おばちゃん(義姉)に会いたくなって・・・。あんた、明日連れて行ってくれんね」と昨日の種駒打ちの帰りに聞いてきた。理由があって、父の長兄の守ってきた小河家の墓は高鍋町(宮崎県)にあり、その子どもや親戚が季節ごとに供養している。

朝、9時半に西米良を出発して11時に到着。墓の周りを掃除して、焼酎を手向けてお参りをすませた。帰りに母の希望であった伯母が入所する施設に寄る。伯母は父の兄嫁であるから90を過ぎているが、顔色も良く一見すると80歳そこそこに見えた。

椅子に腰掛けた伯母の目線に合わせ、しゃがんで挨拶する。幼い頃から可愛がってくれた伯母だ。少し警戒しているように見えたので、できるだけの笑顔を作ってみせた。

「伯母ちゃん、ごぶさたしています 😃 」
「え〜と、どなたでしたかね?」
「・・・・・ 😵 」

2年ほど前に伺った時には問題なく会話できたのに・・・、うちの家族のことをすっかり忘れてしまっている。だが不思議なことに少しもショックはなく、むしろ、「これが噂に聞く『物忘れ』というものかと・・・。それより何とかしておれの事を思い出せてみせる」という気持ちになった。1時間ほど父と母を交えて会話を楽しむと、赤ちゃんが言葉を覚えるように伯母の記憶が次々と蘇ってきた。なんだか伯母が高齢者の例えになってしまったが、とにもかくにも人は濃密なコミュニケーションが必要だと。


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すっかり上機嫌になった伯母は自分の部屋を見学させて、「米良まで帰るとなら大変じゃね。昼ごはん、美味しいものを食べて帰りないよ」と言葉をかけて外の駐車場まで送ってくれた。



父の病気以来「生存」を確認するために、帰宅すると必ず隠居へ電話を入れている。今日の訪問でその行為があながち無駄ではないなと思い始めた。


posted by オガワタカヒロ at 23:48| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月11日

種駒を200個

庭菜園まではできても、家庭椎茸栽培はなかなかだろ。農林業を営む友人に種駒を打ち込んだ原木を頂いて収穫したことはあったが、自分の家に立っていた櫟(くぬぎ)を倒して駒を打ち込んだのは初めてだった。

櫟はご存知の「どんぐりの木」。樹液にはカブト虫やクワガタが集まり、小学生の頃はずいぶんお世話になった木だ。このまま大きくなると地面を揺らして崖の崩落につながりかねないと父が年末に切り倒した。枯らして薪にするにはもったいないので種駒を200個買ってきて原木からの椎茸栽培をすることにした。


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大病から退院したばかりの去年の今頃からすると夢のような仕事っぷりの父。


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まずは1mほどにコマ切りした幹や枝に穴を開ける。専用のドリルがあるようだが、インパクトドライバーで代用して直径9.5mm、深さ25mmの穴を20cm間隔で開けてゆく。


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開けた穴に種駒を打ち込むのは娘の役だ。母にうるさくアドバイスされて、だんだん上達してきた。


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接種された種駒の菌糸が、確実に原木へ移ってまん延を始めるように保湿管理する「仮伏せ」。5月頃までこのまま寝かせて、梅雨前には本伏せを行い、来年の秋の収穫を待つ。

孫と戯れお昼をいっしょにした両親の嬉しそうな顔が印象的だった。陽気も良くなり鶯も歌うようになって、いよいよ春ですかね ^^


posted by オガワタカヒロ at 22:44| 宮崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 美しい日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月10日

なかなかいい写真がある

レビで取材していただいたおかげで遠方から訪ねてきてくださる方が増えている。ありがたいことだ。無論、店舗にとって有益なことだが、その足で食事処や温泉を訪ねて行かれる。「一人でも多く」と言葉では簡単だが、村の行く末にとって、その一人の積み重ねが「未来」へつながる、と信じている。

ところで先日、25歳の時に行った中国のことを書いたら、あの時のポジは何処へあるのかと思い始めた。そうなったらすぐにやらなくては他のことが手につかないタチなので、自宅の倉庫をくまなく探すと出てきた。黄色の「堀内カラー」マウントケースにどっさり。ポジをビュアーで確認してひとまず12カットをスキャンしてみると、なかなかいい写真があるじゃないか。撮影してちょうど30年、現代のビュアーともいえるモニターの中で昨日のことのように蘇った。


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すっかり忘れていた撮影時の緊張感やら高揚感やらを感じて、今進めている撮影にもいい影響が出そうだ。満足いく写真がどのくらいあるか分からないが、観ていただく機会を作ろうと思う。



posted by オガワタカヒロ at 23:46| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月09日

ルーツ西米良

戚の人も「毎日行進」を見ているらしいのでお知らせ。

昨年12月、父、富士男が90歳を迎えた。その際に「去年は大病(ギランバレー症候群)で死にかかった。6人兄弟もおれ一人になってお前たちの世代に小河家のことを伝えておかんといかん。それぞれの子どもが集まってくれれば親たちの(父の兄弟)ことを話しておくから段取ってくれんか。早よぉせんと間に合わんぞ(笑)」と言い始めた。6人の兄弟が授かった子どもたちは22人。存命で参加が可能と思われる者が20名。上はそろそろ80に手の届く人から下は実弟の50歳まで。その連れ合い、子、孫となれば相当な数になるだろうが、会場は西米良としたい。

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現在それぞれの現住所を調査中。この会の趣旨、日時、場所、宿泊の有無などを書いた往復はがきをお送りしますので、できる限りのスケジュール調整を行って、みなさんのルーツ西米良へご集合頂きたい。

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父の長兄、小河喜久男(明治42年〜平成24年 103歳没)が残していた「小河氏家系図〜追憶〜」が出てきた。自分から見て4代先の「源惟武(小河衛市)」(文化7年〜明治7年 65歳没)からのものだが、その子ども、曾祖父「小河惟廉(新太郎)」(嘉永6年〜大正6年 65歳没)は長い顎髭をたくわえた武(さむらい)気質の人であった。菊池氏の家臣として入山した先祖からの士族であり、先日藤岡弘、さんと行った坊主岩の激戦があった西南戦争に「米良隊」として薩摩軍に参加した。気骨だが、酒豪のうえ経済観念は乏しく菊池家から頂いた自宅以外の田畑、山林を失った。自宅の氏神「天神様」に仕えて先祖を敬う姿勢は徹底していたという。現在、小川神楽で舞われている「天神様」の面はこの曾祖父、小河惟廉が職人に依頼して製作させたもの。

「酒豪のうえ経済観念は乏しく」という部分が気になるが、4代先から11名の記憶が伯父喜久男のガリ版文字で正確に記述されている。筆跡は父が手本としただけあって、達筆。我々いとこ世代が主催する、ルーツを知り、後に伝える「小河家いとこ会」は5月の終盤に予定している。


posted by オガワタカヒロ at 22:11| 宮崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 連絡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月08日

暮らしの環境

容であることは人間の幅だとか、深さだとか、持って生まれた資質に加えて、環境が大きく影響してくると思う。帰郷して数年は村の時間がスローモーションに見えた。ひとりでイライラして答えを急がせるあまり強い口調や態度で応対したこともあったと思う。それがいつの間にか村時間に戻って、陽が昇り陽が沈み、花が咲き、葉が落ち、雪が舞う。時間と調和して生きることが当たり前になった。

人のミスを許さなかった自分が、「パーフェクトな人間はいないのだからミスもするさ」なんて言葉を吐くようになった。歳のせいだと一概には言えない間口の広さは暮らしの環境だ。


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トロトロと低速で走ってきた軽トラがエンストを起こすようにストップした。調子がおかしくなったのかと見ていると、運転席からお年寄りが出てきて何食わぬ顔で郵便局へ入っていった。道路に荷台が半分ほど飛び出しているが、これで「駐車」なのだ。

平和を絵に描いたような景色にありがた味さえ感じる日々。



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2017年03月07日

渡辺謙悟の世界

悟さんの写真展を観てきた。渡辺謙悟さんは宮崎のアマチュア写真家のトップリーダーの1人として、作品発表はもちろん、撮影会の企画運営など県内写真愛好家の技術向上に貢献された方だ。初めてお会いしたのは2006年に彌勒先生と開いた「ミロクノマリョク」の第1回目だったと思う。若輩の僕に対しても丁寧に対応してくださり、首から下げていたカメラで先生とのツーショットを撮っていただいたと記憶している。


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賞歴を書くと野暮ったいので控えるが、誰もが認める実力者。40点、半切ほどの作品はモノクロのオールヌード。アマチュアの、いわゆる撮影会で撮られた興味本位の写真とは一線を画す作品群だ。しかも女性の曲線美、エロティシズムが品良く伝わってきて、写真が好きで好きで仕方がないという本物の写真家の匂いが染み渡ってくる。またプリントの物質感を垣間見るフィルムの粒子や、試行錯誤して到達したソラリゼーションへの道程、30年以上も前に野外で敢行されたヌード撮影へのエネルギー。どれをとっても日本人にカメラと写真が浸透し始め、威勢よく成長していった時代の軌跡が伝わってくる。

またこの写真展は「ArtSpace色空」の川添さんが企画した「宮崎のフォトマスター」の第1回目。宮崎の実力者たちを「個展」という形で表現する機会を提供されたのは大変意味深い。アマチュアの方の写真を見せてもらうと、コンクールでの入賞狙いのために1枚の作品に凝り過ぎるあまり、表現すべき本質的な意味を見失っていると感じることがある。数十点の写真を揃えてこそ伝えられる個展は、写真技術の向上もさることながら、自分は何を伝えたかったのか、またどんな観せ方をしたらいいのか、という技術以上の事を学ばせてくれる。


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「渡辺謙悟の世界」週末12日まで


第2回目は竹尾康男写真展「視点・心点」
この方も言わずと知れたフォトマスターの1人。「個展」で観る竹尾先生(氏は医師)の作品。大変楽しみだ。



posted by オガワタカヒロ at 22:54| 宮崎 ☀| Comment(7) | TrackBack(0) | 展覧会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月06日

沈胴式

Mマウントレンズに新たな同志が加わった。といってもたったの3本目だが、今度のは Elmar 90mm f.4 。ひところNikon 85mm f.2 が好きで人物を撮る時にはほとんどそれを使っていた。標準より少し長めで望遠とまではいかない焦点距離が使いやすかった。レンジファインダーとしての90mmであるから一眼レフと同等な扱いではないにしろ楽しみなレンズだ。

こうして撮影スタンバイになると「望遠」の雰囲気を漂わせるが、待機時は細い部分がカメラ内に引っ込み、「沈胴式」といって、一見50mmの標準レンズほどの見栄えになる。発売は1954年。製造番号からすると1955年頃の代物である。


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しかしながら作りの良さは特筆すべきところ。鏡胴部分の貼り革や、無限遠時のロック機構など、凝った作りがたまらくいい。丹精込めて作り上げられた伝統工芸品の趣だ。ライカを扱う職人さんにレンズ内をクリーニングしてもらい、早速一緒に出かけてみた。



posted by オガワタカヒロ at 21:31| 宮崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Leica | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月05日

タラレバ

25歳の頃('86)中国を彼方此方ふらふらと2ヶ月近く歩いた。まだ天安門事件('89)以前、人民服の人たちが大半を占め、自由の国からやって来た僕の身なりを興味深く注視する人もいた。

勢い込んで向かった大陸だったが、言葉も満足に喋れないうえに無謀な放浪プランを立てことが災いしてなかなか思うように撮れない。おまけに水が当たって何日もトイレに駆け込む始末。すっかり弱気になって「このままじゃ何しに来たか分からん。気を取り直してノーファインダーで撮ってみよう」と24mmの単焦点のピントを3mに固定して、肩から下げたNikon F3のシャッターを押しまくった。

帰国してポジフィルムを現像してみるとそのライブ感に溢れた写真に驚いた。自分が撮ったのか、カメラが撮ったのか、どちらにしても俺が行って、俺が押した写真だと25歳の自分が誇らしくなった。


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(中国みたいだけど、今日の西米良)


カメラを持っていたら・・・というタラレバはないようだ。



posted by オガワタカヒロ at 22:50| 宮崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月04日

美の中に醜あり、醜の中に美あり

勒先生の言葉で「美の中に醜あり、醜の中に美あり」というものがある。親しくさせていただくようになった呑み座で仰った。

教員時代、誰もやりたがらない便所掃除の責任者を仰せつかった。「便所から ◯そを汲み取ろうとして便槽を眺めちょった時、おもしろがって白い紙を落としてみたってすわ。そしたら紙に汚物が滲み混んできて不思議な模様になってきた。飽きずに眺めちょったら『醜に美あり』と感じてですな、その模様を固定しようかと思ぉて紙を拾い上げ、水洗いしてみちゃけど、これがえれ、臭せーしてよ。止めた」。


先生をとことん取材して語り尽くさせた「小伝 弥勒先生」(井口幸久 著・小河孝浩 写真)の「美とは醜とは」にその心情が詳しく示されている。さらにこのくだりは、著者があとがきに寄せた「敗北宣言」に書いている。

◯そを撮った事はないが、同じ感覚を刺激されてレンズを向けてしまう被写体は多い。美は主観に委ねることが大いにあると思われる。


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posted by オガワタカヒロ at 23:44| 宮崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | みろく先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月03日

名コピー

伝文句は広告につきものだが、僕が広告写真の世界に入った1980年代はそれを仕事にするコピーライターのスターが続々と現れた。さらに、影響された多くの若者たちがその職業に夢を抱いた時代でもあった。そんな経験から、専門ではないにしても目にする宣伝の文言は普段から気になる。

陽気に誘われて小川地区までふらりと出かけた。ここは父の出身地で小河家のルーツの地だ。梅は終盤に差し掛かっていたが、大好きな里の風情に触れて気持ちのいい午後を過ごした。

「おがわ作小屋村」で名が通るようになった地区で、国道219号から県道に入ると8キロほどくねくね道の一車線を走らなければならない。初めて来た人は「ほんとうにこの道でいいのだろうか?」と不安になる事もあるいう。ところがそれを拭うような気の利いた文言を道中で見つけた。


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初めての田舎道を黙々と走りながらこの看板を見たらさぞ安心するだろうし、少しは到着が楽しみになるかもしれない。手書きの墨字もオリジナル感満載。落ちかけたニス板もいい味出している。遠路遥々来ていただくお客さまを心からお迎えしたい、という気持ちから出た名コピー。いいね!


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村の96%が山林の地において、ここへ築城を決意した菊池氏の思いが伝わってくる山里が、小川だ。


posted by オガワタカヒロ at 23:29| 宮崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 西米良のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月02日

2枚目のレコード

の子は「初めて買ったレコードは・・・」なんて言い方はしないだろうから「初めてダウンロードした曲は・・・」ってことになるのだろうか。

当時、我が家のスピーカーから流れてくる音楽は戦後歌謡のオンパレード。藤山一郎、岡晴夫、田端義男、春日八郎、岡本敦郎・・・出てくる出てくる、今でも口ずさめる歌もある。

小学校高学年にもなると「こんな歌は『ダサい』」と思い始めて、みんなが好きなアイドルの曲を聴いてみたがピンとこない。というより「男が女の歌を喜んで聴くか」なんて粋がっていたところもあった。そんな6年生が買った最初のレコードは、ジュリーの「危険なふたり」(笑)「♪ 年上の人 美しぃいすぎいぃる〜〜 ♪」ってフレーズがとても気に入って購入した。

中学になって2枚目のレコードを買った。かまやつひろしの「我が良き友よ」。当時大ヒットして、バンカラな詞が気に入ったが歌っている人に合わないなぁとは思った。もちろんそれが拓郎の歌詞だとは知る由もない。それでB面の「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」を聴くと俄然イイ!それからはA面そっちのけで「ゴロワーズ〜」ばかりを聴いた。「♪ 君はたとえそれがすごく小さな事でも
何かに凝ったり狂ったりした事があるかい ♪」2枚目のレコードはこれにやられた。「はやくハタチになって吸ってみてぇ」と思った。


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アシスタント時代に一度かまやつさんに会っている。あるギターコレクターのお宅でギターを撮影していると、かまやつさんが訪ねてきた。独特の喋り方は普段でもあのまま。こちらは撮影のアシストをしなければならないのに、気が散って困った。

B面ゴロワーズ〜の最後に「♪ 狂ったように凝れば凝るほど 君は一人の人間として幸せな道を歩いているだろう ♪」とある。



posted by オガワタカヒロ at 19:29| 宮崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 美しい日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月01日

いい写真

い写真を撮るには、上等のカメラを使いこなすとか、卓越した技術を身に付けなければ撮れないんでしょ?と質問するアマチュアの方がいる。たしかにそれも必要な要素ではあるが、長く写真を撮ってくるとそれが最重要ではないということに気がつく。

機材や技術の前に、被写体を感覚で捕えられるかどうかが重要だ。例えば非日常の場所に撮影対象を求めて出かけても、日常でカメラも持たない、漠然と毎日を見過ごしている、なんて人はどこへ出かけてもいい写真は撮れないと思う。

僕らプロは3割バッターでは次に仕事は来ない。常に10割を要求され、さらにそれ以上の結果を出すように訓練されているので、与えられた条件が毎回同じでも一般の人が喜ぶくらいの写真は撮れる。だからと言っていつも満足いく写真が撮れているという訳ではなく、どんな条件でもその中でベストな写真を撮ることができる、ということだ。

つまり、いい写真を撮るには見慣れた日常の中でも非日常を感じる意識を磨くことが大切だ。それはものの味方にも言える。正面から見たら何でもないものが、アングルを変えただけで変化する、とうことが分かっただけでもワクワクする写真が撮れるはずだ。


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「綾瀬はるかちゃん、面白れ〜」と喜んで撮っていると、「そこ?さっきからそこ見てたんですか 😵 」とGSに勤める後輩に呆れられた。

人と同じものを見ていない、なんて楽しいじゃない。


追記:「撮らずにおられん!」彌勒先生編をHPにアップしてあります。右のバナーからどうぞ。



posted by オガワタカヒロ at 23:35| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 美しい日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月28日

辛島文雄さん

ャズピアニストの辛島文雄さんが亡くなっていた。合格した音楽大学を蹴って一般大学を目指す、と暗中模索の末、浪人を決意した息子を東京に送り出したのが2011年。撮影のために上京した5月に「息抜きに」と辛島さんのライブへ一緒に出かけた。


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吉祥寺のライブハウスはグランドピアノを置くと、他の楽器は隅に追いやられるほど小さかったが、おかげでピアノの曲線に沿ったテーブル席は僕ら親子にとって最高の「特等席」になった。それにほとんどがエバンスの曲ばかりで「お前のために弾いてくれてるようだな」と耳打ちするほど興奮した。ライブが終わりカウンターで喉を潤す辛島さんに目礼すると、ニコリと笑って会釈された。撮りたい、と思うほどの笑顔だった。

その日の毎日行進ブログ【辛島文雄トリオ

68歳。亡くなる10日前の14日まで新宿ピットインに出演されていたようで、聴いていた旧友の方が「最後まで力強いタッチ。ジャズマンとして燃え尽きたと感じる」(大分合同新聞より・辛島さんは大分出身)と仰っている。

生きられる時間と、やるべき仕事を教えられる。

安らかに・・・


posted by オガワタカヒロ at 23:53| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 美しい日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月27日

チンゲンサイとタアサイ

の中心地、村所(むらしょ)に桐原(きりわら)という所がある。菊池氏が「菊池」と名乗る前、米良氏として銀鏡(西都市)へ入山後に村所へ移り、城を構えた場所だ。(その後、小川へ城を移し明治に至る)別名、米良城、米良御所と呼ばれていただけあって、石積みの様子を丁寧に見てゆくと武者返しを彷彿とさせる箇所も見受けられる。高台から川下を見下ろすロケーションは築城するにもってこいの立地だったのだろう。


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雅周先生のお宅はその傾斜の中腹にある。先日出演された番組をディスクに落として届けてやろうと伺った。お渡しして玄関で失礼するつもりだったが「まぁ〜上がんなさい。どれ、機械に入れて観てみようや」と仰る。僕もまた楽しい話が聞けるのを想像して「では」とおじゃますると2週分、30分を一緒に観た。

「こらなんぼやればええかな?」
「いらんですよ、先生。家の機械ですぐ出来ることですから」
「え〜、そらすまんな」

そんな会話をしながら失礼しようと立ち上がると、

「チンゲンサイとタアサイ。うちで作ったちゃけどたべなさらん?」

奥さまが、育てた野菜を袋に入れて渡してくれた。西米良で言う「てごり」に近い感覚だ。お世話になったら必ずお返しをしておく。相互扶助であったり、小さな共同体で平和に暮らすコミュニケーション。この村の美しさが際立つのはこのあたりにもある。



posted by オガワタカヒロ at 22:54| 宮崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 美しい日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月26日

てげてげ人生

無沙汰しているのはこちらの方なのに「わざわざ誕生日に来てもろて。すまんですなぁ、すまんですなぁ」と何度も仰る彌勒先生はやっぱり広い広い海のような人だった。どこから攻め込まれても心の真ん中にある言葉で応対されるので、伝わってくる透明感が全然違う。

「人生はてげてげでいってすよ。真面目にやると行き詰まりますがな」

あれだけエネルギッシュに描き続ける姿を見ていれば、とても「てげてげ」(宮崎弁で「だいたい・おおざっぱ」)とは思えないが、98歳の先生が仰ると「そうだよなぁ」と納得させられる。

今朝の毎日新聞(宮崎)に、連載「撮らずにおられん!」の第14号が掲載された。写真はおじゃました98歳の誕生祝いが開かれる直前に撮らせてもらった。狙っていたのは絵筆を持つ「鬼の形相」だったが、先生の目はもっと大きな、宇宙のような世界を漂わせていた。撮影したカメラを持ってもらうとその重量に驚かれる。


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いつまでもお元気で、一級品のてげてげ人生を貫いてください



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2、3日後には元データを入れ込んでHPにアップします。




posted by オガワタカヒロ at 23:43| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | みろく先生 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月25日

大盛況

「南国宮崎」と言われるはずだ。村から約40kmの米良街道を走り終えて西都市街へ入るとぐっと日差しが強くなって、宮崎市内へ入るとエアコンのヒーターを切った。県立美術館までの道のり約70km。気温差でいえば1,000km以上離れた長野あたりからやって来たのと同じかもしれん。

第43回宮崎県美術展が開会した。昨日の内覧会へ伺えなかったので、観覧者の反応が早く見たかった。開館と同時に会場へ。心配をよそに写真部門を鑑賞する人は「押し合いへし合い」と言うほどの盛況ぶり。大賞、特選を展示したエリアは特に多く、ダ・ヴィンチかゴッホの画が来たのかと思うほどだ。


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手前味噌で恐縮だが、写真の展示は作品の質と緊張感が漂ってきて良いと思う。最終日までの反応が楽しみだ。
(エントランスにて・展示会場内での写真撮影は禁止です/入賞、入選者は除く)




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一緒だった妻と娘に海を見せたくて、いつもの帰り道 219号を選ばず10号を北上して新富町富田浜へ。左右に続く日向灘の海岸。遥かに見渡す太平洋に、「気分がせいせいしたわ」と妻がいわき弁のイントネーションで言った。彼女はそれに気づかなかったが、海を見てついそうなったのだろう。

僕も、なにか、そう、そんな気分になった。




posted by オガワタカヒロ at 23:50| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 展覧会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする