2018年05月04日

アメリカさんの話

が80歳を迎えた。「傘」の略字が八と十を重ねた形になり、八十と読めるので傘寿(さんじゅ)というらしい。

昭和13年生まれ。終戦時は7歳。その年に開かれた秋の学芸会で独唱の大役を頂き、全校生徒の前で唱歌を熱唱していた。そこへGHQのアメリカ兵が2人やって来る。都市部での調査が終わり、秘境と言われていた米良の庄にもついにアメリカさんが進駐して来たのだ。

当時数百人いた村所小学校の生徒たちは大きくザワつき、先生方もどうしていいやらオロオロとあたりを見回した。1年生のたつ子さんもビックリ仰天したが、持ち前の負けん気で歌を止めることなく続けた。だが生徒たちのザワつきは治らない。見かねたアメリカ兵の一人が口の前に人差し指を立てて「シー」とやり、母を指差し「皆、静かに聴くように」という仕草をした。場内の驚きは程なく治り、母は最後まで見事に歌いきった。




連休の忙しさで贈り物も買えずじまい。なんとか記憶に残そうと県境を越えた湯前町の鮨屋に誘った。「舜とみずきがおらんと寂しいねぇ」と我々だけでは少々役不足だったが、何十回と聞いたそのアメリカさんの話も出て、いつも以上に饒舌だ。

「最近はビールより焼酎よ」と妻の作った米焼酎のお湯割りを美味そうに飲み干すと、「そら俺も飲まにゃいかんな」と父も中ジョッキを両手で支えながらグビグビとうまそうに飲んだ。


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posted by オガワタカヒロ at 23:41| 宮崎 ☀| Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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