2018年05月10日

電話一本

91歳、母80歳。近年の老化は加速度的で、生き物としての著しい機能低下を客観的に観察している。

生まれて15年間両親と一緒にいた。というか、一緒に居なければ生きていけなかった。それから25年してまた一緒に暮らし始めた。今度は僕が両親の手を引いて倒れそうな時には支えてやる立場になった。17年前、東京から帰ることになると「すみません」と埼玉に居る弟が言った。長男だから帰るという選択ではなかったが、弟にしてみればそれからの未来を想像して詫びたのであろう。

「兄ちゃん、ふたりの調子はどう?」
「今度帰る時には前より確実に年寄りになっとるぞ。期待しとけ(笑)」
「いつも任せっきりですみません」

久しぶりに電話をくれるとまた謝った。

「謝ることはねえが。それぞれができることをやればいい」

弟が帰省する時には両親に沢山のお土産を買い込み、側に居ない分を取り戻そうとあれこれ「イベント」を考えてくれる。母は特に喜び「敦朗(弟の名)がこれ買うてくれた、あそこに連れて行ってくれた」と横目でこちらにも要求する仕草(笑)。ただ、ふたたび帰京すると滅多に電話も掛けてこないし、便りなんぞ皆無だ。

「たまには電話してやれよ」
「うん。わかっとっちゃけどね・・・」
「毎日毎日おなじ生活送っとるからな。電話一本でも刺激になる。週一回、時間を決めて電話しろ。出張先から、会社から、自宅から。お前の生活の変化で十分楽しんで聴くはずじゃが。まずは続けることよ」
「いいこと聞いた。そうするわ」

親から離れている弟にとっては、帰省やイベントで親孝行を遂行したと安心して、その後のフォローを忘れがちなのだと思う。親の近くにいて分かることは「親父やお袋のことをいつも気にかけている」と伝え続けること。これに尽きる。

親は時間やお金をかけて孝行するイベントより、毎週掛かってくる電話の方がよっぽどうれしいのである。


😃



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手前の原野に植えたような野菜が親父の畑。後ろは近代的な用具や設備を施した息子(私)の畑。今年はどちらが高い生産量を記録するか。楽しみな家庭菜園だ。








posted by オガワタカヒロ at 23:22| 宮崎 | Comment(0) | 家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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