2017年08月26日

Waltz for Debby

なお知らせにもかかわらず、「今年(夏)はやらんのかと思ってた。また聴けてうれしいわ」と言われるお客さんに囲まれて幸せなやつだ。

舜の帰省と写真展が重なったおかげで毎日バタバタさせている。家族で食事もままならなかったが、準備の方はほぼ終わり、一息つくには絶好の夜になった。お客さまはほぼ村の人たち。彼が中学卒業の謝恩会で初めてWaltz for Debbyを弾いた時からの「ファン」だ。Tシャツに短パン。普段着の見慣れた顔が、タングステン光のスポットライトの下でジャズを聴いている。

親のわがままで小学3年生の夏に無理やり帰郷させられた。村へ帰ることを告げた夜、「転校じゃん!」と目が点になった。2年経った5年生でピアノを始める。少年野球一色だった元気坊がピアノを習いたいとは・・・驚いた。だが東京でのマンション暮らしが続いていれば、ありえないシチュエーション。集合住宅でピアノを弾くなどご法度だ。

🌙



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2ステージが終わるとすぐにアンコールの拍手が起こり、1曲弾いた後に「ミスティ」のリクエストがあった。10年前の謝恩会で聴いていてくれた方だ。バラードはおはこ。ミスティが終わり大き拍手の後、「では最後に」と、Waltz for Debbyを弾き始めた。何百回と聞かされたが、今夜のアレンジは初めて聴く曲のように新鮮だった。


今さらながら、

帰ってきてよかった。


と思った




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2017年08月25日

明日、土曜日夕方6時から舜のライブです!

が帰省しました。明日の土曜日に恒例のサマーライブを開きます。本日は定休日ですからご予約は、0983-41-4186へお願い致します。

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2017年06月09日

貴重な3週間

子が経験した貴重な3週間の日程がすべて終了した。

先月19日に「舜が帰省した」と書いたら、彼を幼い頃からを可愛がってくれている僕の後輩が、「舜が帰って来たってブログで読んだけど、全然見かけんですね。あいつ、なんかやらかして謹慎ですか?(笑)」と冗談交じりに声をかけてくれた。謹慎なら書くことに二の足を踏むところだが、実は母校、西米良中学校の教育実習生としてお世話になっていた。

たった3週間で「プロの職場」をどれだけ感じ取ったか定かではないが、少なくとも自分を鍛えるいい機会だったと思う。世の中には山ほどの職業が存在するし、選択も自由だ。だが、好きなことを職業にできる人は一握り。多くの人たちは職場に入って叱咤されながら仕事を覚え、やらされていたことが、やりたいことに変わり、仕事が面白くなる。

98歳の画家、彌勒祐徳先生が「好きなことを始めたとなら、やめたら損ですわ」と仰った。「90過ぎて、ちっと絵が上手くなったですな」とも。

粛々と「好きなことに向き合う」という人生を送れ。


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10年ぶりに見る自転車通の風景。毎日の夕飯を作る妻の嬉しそうな様子が印象的だった。



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2016年11月16日

CDを作ってみた

月聴きに行った息子のライブ音源からCDを作ってみた。MCを含んだ2時間30分の録音を2枚に分けて形にしたものだが、写真が良いので(自画自賛)それっぽく見える。

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小5で突然クラッシックピアノを始めて、高校でビルエバンスに心酔して、大学で本格的にジャズに傾倒。大学院で英語学を研究しながらお客さまの前で弾ける喜び、反面現実の厳しさも感じながら弾く。生き方が音に出るほどに自分を知ることが、これからの課題であり、聴く側の楽しみでもある。

またチャンスを作ってくれよ。楽しみ以上の喜びを感じる親父のためにもな(笑


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2016年10月15日

舜らしい音

年ぶりに東京で舜のライブを聴いた。場所は大泉学園駅から5分ほどの「 in F」。9月にドラマーのリーダーライブに参加した際に「来月、リーダーでライブをやりませんか」と、店のオーナーからお誘いを受けて今夜の演奏になったようだ。

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アマチュアのライブでは珍しい超満員。「見渡す限りのお客さまです」とMCで笑わせて1曲目の「Lu's Bounce」が始まった。菊池藍(b)・佐藤慎太郎(ds)とのトリオを初めて聴いたが、演奏者同士の息も合って心地いい音が会場全体に降り注いでくる。いわゆるドジャズではない、どちらかといえばクラッシックに傾倒してきた、舜らしいメロディーラインの美しい音だ。

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幼い頃、母に受けた日常の印象を曲にした1曲と、夏の帰省で聴かせてくれた「狭上稲荷(さえ いなり)」をトリオバージョンで弾いた。ふたつのオリジナル曲はまさに「The SHUN」といった雰囲気。

月3回調律されているとのことで、ピアノの音が抜群にいい。ライブハウスのオーナー佐藤さんのこだわりが、演奏者の想像力をさらに大きなものにしてくれるのだろう。アンコールを含めて13曲。2時間30分がほんとうに短く感じた。

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パワフルで繊細。プロの菊池さんのベースがしなやかな「メロディー」を奏でる。

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ダンモ(早稲田大学モダンジャズ研究会)の現役メンバー、佐藤君は早稲田大学の3年生。ふたりの先輩に恥ずかしくない演奏をしなければ、という緊張した様子が初々しくて良かった。


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2016年09月22日

舜のリーダーライブ

楽も写真も培ったスキルと持ち得る感性を融合させ、機械(楽器)を介して表現する。大きく違うのは音楽には「ライブ」という制作現場があってそれをお客さんに見てもらえることだ。我々に置き換えてみると、被写体に対峙しながら一喜一憂する様を観覧者に見られるということで、これは大変な勇気がいる。昨年参加したアートプロジェクトがそれに近い試みだったが、撮影の現場を見ていただくことはなかった。

そういった意味での音楽家は計り知れない重圧の中で演奏を行っているはずだ。消えてゆくとはいえ、音の良し悪しを目の前の聴衆にさらけ出し評価を受ける。しかも聴く方が酒を飲んでいることもあるという現場だ。感覚を刺激する芸術も様々だと思う。

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舜のリーダーライブが開かれます。場所は東京、大泉学園にあるライブハウス「in F」。今月6日にピアニストとして参加したライブ演奏を気に入ってもらい「10月にどうでしょう?」との話があったようです。初めて演奏させてもらったライブハウスのようですが、「ピアノの音が抜群にいい」とのこと。彼本来のメロディアスな音をお届けすると思います。在京の方、よろしければ駆けつけてやって下さい。

「in F」
・10月15日(土曜日) 午後8時開演
・小河舜(p) 菊地藍(b) 佐藤慎太郎(ds)
地図


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2016年08月07日

ありがとう、菜夏さん

省ライブは必ず雨が降る、というジンクスがくつがえされた。猛暑は今日も続いて(夕立が欲しいくらいだ)と贅沢を呟く。5時の開場と同時に予約されていたお客さまが次々に入ってきた。「東京のライブハウスは小さな小屋ばかりだから20人も入れば満員なんだけど、今日はそれ以上のお客さんだ、気合入るなぁ」とサックスの菜夏さんと最後の打ち合わせをしながらステージへ向かった。

ラ・メールをオープンして5年。舜が弾くライブも9回を数える。写真業界にデジタル時代が押し寄せてフィルムラボを廃棄したのが6年前。だだっ広いスペースを何に使おうかと開いたのが珈琲を飲める喫茶スペースだった。元々ギャラリーとして機能はしていたが、お客さまがさらにゆったりと鑑賞できるようになった。その後アップライトピアノを自宅から運び込み、息子が帰省するたびにライブを開いている。

森山菜夏さんと舜は村所小学校時代同じ教室で学んだことがある。当時1クラスとしては人数が足らず「複式学級」として2つの学年が一緒になった。そんな昔の事を思い起こしながら息の合った演奏を聴いた。

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小さな村から巣立った二人が大きな夢を抱いて未来へ向かう途中、音楽で村の人たちを楽しませている。

時代が巡れば人も長ずる。

親として子どもたちの成長を確認できたが、我々もこれからこれから。しっかり背中を見せて生きたいものだ。

ありがとう、菜夏さん


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2016年07月25日

My Dear Life

がつけばもう月末。「早いなぁ」という言葉が口をついて出てしまうが、子どもが帰省する夏は「遅いなぁ」と待ち遠しさを感じる。「待つ時間を楽しむ」のも、たまにはいいものだ。舜、29日帰省予定。

盆正月、帰省のたびにジャズライブを開いている。特に夏は様々な楽器を演奏する友人たちを村に呼んで聴かせてくれるので、密かなファンもいらっしゃるようだ。今年のゲストはテナーサックス奏者の森山菜夏(もりやま なな)さん。季節にぴったりのお名前だ。お母さまが村出身の教師で、彼女が村所小学校3年生〜5年生時に赴任されていた。

在学中の大学は東京と大分だが、曲や演奏の打ち合わせはネットでやり取りしているようだ。「曲名が決まったよ」と連絡があった。サックスが入るということで、リクエストしていた渡辺貞夫の「My Dear Life」もアルトを持ち込んで演奏してくれるらしい。

上京した1980年は、イメージの暗かったジャズの印象を払拭するようにアメリカから上陸したフィユージョン真っ盛りだった。ライブハウスで煙草の煙モクモクで演奏していたジャズミュージシャンが、野外ステージで清々しく演奏し始めると、毛嫌いしていた若者たちが一斉に飛びついた。ナベサダがその前々年にリリースして大ヒットした「カリフォルニア・シャワー」の影響も大きかった。僕もその若者の一人で、夏は「ライブ・アンダー・ザ・スカイ」の野外ジャズフェスでその気になってジャズを満喫したものだ。


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六本木PIT INNを思い出しながら、35年前に聴いた「My Dear Life」を楽しみに待つことにしよう。

【演奏予定曲 / with NANA】
Take Five (Paul Desmond)
Star Eyes(Art Pepper)
Triste(Antônio Carlos Jobim)
Night and Day
My Dear Life (Sadao Watanabe)
Body and Soul(Sonny Stitt)
Moanin'( Art Blakey)

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2016年07月11日

8月7日 Summer Live 決定!

うそんな時期なのかと思うくらい季節のページが駆け足のようにめくられてゆく。梅雨が上がれば子どもたちの待ちに待った夏休み。遊びの計画で勉強も手につかない子や、夏を制する者は受験を制するとばかりにストイックな一ヶ月を待ち構える子まで、記憶に残る熱い夏がやってくる。

🎵


8月のラ・メール 夏ライブの日程が決まりました❗
今年は女性テーナーサックス奏者を迎えて、ピアノとデュオでお届けします。ゲストの森山菜夏(もりやま なな)さんは小学校3年生から5年生まで西米良の村所小学校で学び、現在は大分の大学に在学中です。ジャズ演奏は大学に入ってから始めたということですが、今ではすっかりこの音楽の虜になったとのこと。

うちの店の前を赤いランドセルを背負って登校していた子が、息子と一緒にジャズを演奏してくれるなんて想像もしていませんでした。舜も大学院に入って超多忙な毎日を過ごしており、仲間たちとセッションすることもままならないようですから、よい刺激になると思います。

8月7日は花火大会の翌日。盛大な打ち上げ花火や、しっとりした線香花火を聴かせてくれると思います。ぜひ、お立ち寄り、ご予約、お待ちしています。曲名が決まれば追って告知いたします。↓ 拡大します。クリックしてください。


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2016年06月20日

24歳

24歳に何をしていたのかと記憶を辿っても、印象に残ることはなにも思い出せない。いわゆる徒弟制度の中で、弟子入り修業真っ最中の身だった。ま、そうはいっても悶々としていたのではなく、不確実な未来に覚悟を決めて、日々生きる強さを養っていたのだと思う。

舜がその歳に追いついた。東京で生まれ、川崎で少年野球に明け暮れ、村に帰ってピアノと出逢い、語学を極めたいと、また東京に居を移し研鑽を積んでいる。

生き方は違うがお前も修業の身。たっぷり時間を使って本物の強さを身につけてほしい。

おめでとう


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2016年03月23日

卒業おめでとう

らせを聞いてその姿を見ておくべきだと思った。

「ご両親に来てもらえば?」教授に頂いた言葉に、「できれば来て欲しいんだけど」と伝えてきた。



ピアニストに憧れ音楽高校を選んだが、英語という言語にも同じほど興味を持っていた。卒業後、現役で合格した音大を蹴ってゼロから受験勉強を開始。1年後の4月には立教大学に籍を置いていた。

4年後、音楽と学問を天秤にかけた彼は今後の夢に英語学を選んだ。苦悩した日々を思い出しているのだろうか、それとも来るべき未来に武者震いしているのだろうか。

最優秀卒業論文 TN賞受賞、合わせて文学部英米文学専修主席総代。有り余る時間とあくなき探求心を武器に、舜、おまえはどこまで行くんだい?


卒業おめでとう


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2016年03月06日

帰りにお茶でも

西米良を初めて訪れる客人を案内すると、(彼らには村がどんな風に見えているのだろう)といつも思う。一昨日から滞在している息子とその友だちを「たこらさるく」の会場だったアート作小屋と、奥山のさらに奥に鎮座する「狭上稲荷神社」へ連れて行った。

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杉原氏の「誕生の鐘」、大野氏の彫刻作品もすっかり土地へ馴染んで、ずいぶん前からここにあったような趣だ。二人は鋳金の制作過程に興味を持ち、説明が書いてあるファイルを熱心に見ていた。

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西米良の神社でも一番の秘境にある「狭上稲荷神社」へ向かう。国道219から山道に入り、標高800mの峠を越えて15分ほど下ると赤い鳥居が並ぶ社が見えてきた。3人の声が聞こえたのか宮司さんが自宅の屋敷から顔をのぞかせて「帰りにお茶でも」と声をかけて下さる。参拝後、座敷に通されこの地の話をうかがうと宮司が71代目にあたるということを聞き、その歴史と丁寧なもてなしに恐縮しながらも驚いた様子だった。

帰り道、霞の中に連なる群峰を見ながら「東京で起こる事ってちっぽけなことなんですね・・・」と独り言のように息子の友だちがつぶやいた。圧倒的な自然を目の当たりにすると、本質の自分が見えてくる。

posted by オガワタカヒロ at 22:20| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 小河 舜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月05日

坊主岩

と一緒に西米良に来てくれた友だちを連れて村を案内することになったが、「川に降りてのんびりしたいです」という。お決まりの観光コースより、村びとの営みやら原風景に興味を持っているようだ。舜の友だちだし、当然かと苦笑する。

昨夜の夕食で「西南戦争」の戦場にもなった天包山に反応を示したので、井戸内地区からスーパー林道を辿って頂上を目指した。登山道の入り口で父の書が刻まれている石碑を見て、戦いの弾痕が残る「坊主岩」まで登る。

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標高1,000mから眼下に広がる山並みを見ながら大きくため息をつくと「自然への畏敬の念しか浮かびません・・・」と、しばし見とれて立ちすくんだ。

「吹いてみようかな」。舜が持ってきたティンホイッスルを取り出し「ダニーボーイ」を演奏し始める。


posted by オガワタカヒロ at 22:50| 宮崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 小河 舜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月04日

青春18きっぷ

金がっても暇がなければダメだし、暇があってもお金がなければダメだが、気楽な後者が頭を捻れば面白い時間を過ごせるものだ。息子が「青春18きっぷ」を使って帰省してきた。偶然にも父の退院と日程が重なり、連日賑やかな我が家だ。

「米良に興味を持った友だちを連れてくるよ」と計画していたが、事情があって友だちは飛行機で、息子は電車で、という移動になった。3月1日の切符発売を待って、友だちが宮崎空港に着く本日お昼までに鈍行を乗り継いで宮崎駅に着かなければならない。東京、JR中野駅を1日昼過ぎに出発、その夜岐阜に到着。もちろん旅費はギリギリだ。まずはカプセルホテルに投宿。2日は京都で下車後、金閣寺を拝観して大阪でたこ焼きを食した。その夜、広島までたどり着くと、翌朝から原爆ドームを見物。

「地方の鈍行は本数が少ないんだよ。新幹線や特急が何本も目の前を通り過ぎて行った。ゆっくり見物したいけど、今日中に大分県の佐伯まで行かなきゃ明日の午前中まで宮崎に着かない」

早々に広島見物を切り上げて、その夜佐伯駅前の激安ホテルに泊まって今朝宮崎駅に着いた。

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まともな所に泊まれず「二日風呂に入ってない」と宮崎に着くなり駅近くの大型銭湯に直行したようだ。迎えに行った駐車場で待ち受けていると危険な風情の男が近づいてきた。

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譲ったNikon D200を持ってずいぶん撮った。金も暇もある旅は当分できそうにないが、お金で買えないステキな思い出を得たようだ。

posted by オガワタカヒロ at 21:42| 宮崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 小河 舜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月06日

リーダーライブ

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が久しぶりのリーダーライブをやります。といっても東京です。いや、東京の皆さん、来週の12日、おヒマなら聴きに行って下さい。場所は田園都市線 用賀駅東口より徒歩1分、ぜひ。

1月12日(火曜) PM6:00 open 7:30 start
ライブ居酒屋 キンのツボ 03-3707-0346
約30分のステージを3セット。全12〜13曲 チャージ 1,100円(税込)
詳細 → OGAWA SHUN TRIO LIVE
東京都世田谷区用賀2-36-13 COREプレイス用賀B1

食べて飲めて聴けて。近くなら行きたいのですが・・・僕の分まで愉しんできて下さい。右のバナーにある新宿 J で演奏した時のトリオです。

小河舜 piano
小池勇輝 bass
武良泰一郎 drums

ライブ居酒屋 キンのツボHP

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2015年11月02日

ピアノの部屋

泊5日の短い舜の帰省だったが、進学のことも爺ちゃん婆ちゃんに報告できたし、ライブも開けたし、たこらさるくにも行けたし、内容の濃い5日間だったと思う。こちらも早朝から聞こえてくるピアノの音に潤され、妻は週2回山越えをしてピアノの先生宅へ通った戦いの日々(笑)を思い出して懐かしそうだった。週末は娘も帰って来て食卓が賑わった。

「また二人ぼっちだな」
「独りぼっちよりいいよ」

短い会話で食事を済ませてピアノの部屋に行くと、開けられた蓋が閉められて、ペダルのあるピアノの真ん中にキチンと椅子が収められている。都会のアパートでは電子ピアノがせいぜいで、アコースティックのピアノを弾くことはほとんどできない。家を離れる時に必ず弾く最後の音で締め、空港に送って行くギリギリの時間までまで弾いていた。

今度は年末。ピアノも楽しみに待ってるよ。

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posted by オガワタカヒロ at 22:09| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 小河 舜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月31日

音楽に対する謙虚な姿勢

・メールが開店して4年、舜がライブやると必ず雨が降る。帰省すると良かった天気がぐずつき始めて「また雨か・・・」と諦めかけていたが、今夜は晴れた。ゲストに迎えたギターの米良英樹さんが晴れ男か、気分良く1曲目が始まった。

米良さんは(株)ハマテックで専務職に付く企業人だが、ギタリストを志して上京後、プロのステージミュージシャンとしてメシを食ってきた人だ。学生の舜にしてみれば学ぶところも多いライブになった。2ステージ、12曲。文字通り音を楽しむ二人にイイ感じでワインがまわってきたぜ。

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全てアドリブのBluesでは互いを耳で確認しながら会話をしているようだった
小河 舜 (shun OGAWA / Piano)
米良 英樹 (hideki MERA / Guitar)


チックコリアの名曲 Brazil
小河 舜 (shun OGAWA / Piano)
米良 英樹 (hideki MERA / Guitar)


愛する息子を戦場に送り出す母の想いを伝える歌詞もある Danny Boy
春から興味を持って吹き始めたティン・ホイッスルに初挑戦
小河 舜(shun OGAWA / Piano.Tin whistle)
米良 英樹(hideki MERA / Guitar)

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L・「舜君との出会いが音楽人生を変えました」という言葉に、彼の音楽に対する謙虚な姿勢をみた
R・最後のリクエスト曲を終えてガッチリ握手

地元在住の音楽家がいることで、舜ならずとも次回が待ち遠しくなってきた。

posted by オガワタカヒロ at 22:40| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 小河 舜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月03日

マラム

る場所があって、待っている人たちがいて、ちょっと羨ましくなる光景だ。舜のNew Year LIVE 。村の皆さんに2ステージ、10曲ほどを弾いた。中でもイギリスでの思いを曲にした「マラム」は良かった。夏演奏した時よりも完成度が増して聴き惚れたぜ。

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posted by オガワタカヒロ at 22:07| 宮崎 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 小河 舜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月14日

Waltz for Debby

の所属する「早稲田大学モダンジャズ研究会」(通称 ダンモ)のライブを新宿の老舗、jazzspot Jで聴いてきた。国内大学で活動するジャズ研の頂点は、ダンモと言って間違いない。多くの名演奏を残し、著名なジャズミュージシャンを輩出してきた。アートブレーキーバンドで活躍した鈴木良雄氏(b)、ソニーロリンズグルーブに在籍した増尾好秋氏(g)、タモリ氏もここの出身だ。

舜のように他大学から参加している学生も多く、多彩な演奏を聴かせてくれる。今夜は彼ら3年生の引退ライブで、8バンドが出演、そのうちの4つで弾いた。中でも自身のトリオでは、ジャズピアノを弾くきっかけになったビルエバンスの曲で通し、至福の時間を楽しんだようだ。

幼い頃、首都高速を走る車の中で聴かせたエバンスを、ピアノが弾けるようになった中学時代に初めて弾いた。卒業式の謝恩会ではジャズなど全く知らない友だち2人を巻き込んで「Waltz for Debby」を3人で演奏してみせたが、アドリブを知らないチビッコエバンスは、譜面で弾くのが精一杯だった。

そんな想い出が蘇って、ちょっとセンチメンタルな気分になったが、成長した演奏と素晴らしい仲間たちを見て、不思議な安心感を味わった。

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4曲目の最後に Waltz for Debby を選んだ


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2014年11月08日

買う事はない

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メラを構える姿はいっちょまえだ。神戸で開かれた「神戸 Swing Jazz Cruise 」に、息子がメンバー4人と出演した時のスナップをお借りした。初めての関西で写真もずいぶん撮ってきたようだ。今春、イギリスに旅をした息子が「 iPhone じゃ限界があるよ。手軽な一眼レフってどのくらいするの?どんな機種がいいの?」と聞いてきたが、旧型のカメラならわんさか眠っている。「買う事はない」と歴戦の勇士の中から Nikon D200 に 28mm〜70mm のズームを付けて渡した。

根っからのメカ好きが高じて、取説を読みながら結構扱えるようになった。どこへ持って行っても「なんだよ、そのカメラ がく〜(落胆した顔)」と驚かれるそうだ。

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電源部に直結するホットシューのカバーを無くしていたので、それも探して装着した。引退したカメラがまた息を吹き返すのはクラカメを扱っていても感じる喜び。若い感性と旧式カメラの組み合わせが、どんな表現を見せてくれるか、ちょっとした楽しみでもある。

posted by オガワタカヒロ at 22:57| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 小河 舜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月01日

早稲田大学の学祭

沢から東京に戻ったら一気に冷え込み、朝からシトシト降り続いている。今日は全国的に雨のようだが、見事に撮影の期間は降らなかった。どこで撮ってもそうなのだから、ちょっとした自慢だ。

午前中に仕事を終わらせて、早稲田大学の学祭に行ってきた。舜が所属する「早稲田大学モダンジャズ研究会(通称 ダンモ)」の JAZZ LIVE を聴くためだ。東西線の「早稲田」で下車して地上に出ると、もの凄い数の学生たちが歩道に溢れていた。30年ほど前、早稲田に1年ほど通う仕事があり、ずいぶんお世話になった街だ。傘をさす学生たちをかき分けながら、部室の入った「学生会館」に着いた。マンモス校らしく、様々な部室が並んでいる。ダンモの演奏を聴く会場は地下1階の奥まった場所にあった。暗くて狭くて、ジャズを聴くにはぴったりだ ^^

最初のバンドが 10:30 からスタートして 12 のバンドが 17:00 まで演奏する。そのうちの3つでピアノを担当したようだ。聴いたのは、有福日菜子さん(ba)の声かけに、繁田歩君(as / 早稲田)と舜(pf / 立教)が参加した14:00からの演奏だった。「空いてるはずだよ」と聞いていたが、30ほどの椅子は全て埋まっていて、立ち見のお客さんが20人ほど。なかなかの雰囲気だ。

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30分の演奏だったが、メロディアスな曲を中心にゆったりと聴かせてくれた。学生としての時間を楽しむように音を紡ぐ3人。これからも音楽を続けていくのだろうか、音楽との出逢が彼らに何を与えたのだろうか。そんなことを考えていたら、この子たちを育てた親御さんと一杯やりたい気分になった。親の視線は定点観測。こどもはどんどん先へゆく。

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2014年08月18日

巧くなっていた

が3年目のJazzライブを開いた。大学に入って1年目が、旧友のフルートとクラリネット奏者と共演。昨年が大学の級友トリオで演奏。いずれも大雨の中、お客さまには気の毒なことをしたが、またしても雨。だが、今年はどんな曲を聴かせてくれるのかと、楽しみに来て下さる。続けることは大切だ。

練習とはうってかわった演奏にびっくりする。昨年とは比べ物にならないくらい巧くなっていた。弾き慣れてきた風にもみえるが、音楽を理解する能力が向上したのだと思う。first stage 最後の曲、北イングランド、ヨークシャー西端に位置する寒村、マラムを訪ねた時の印象を曲にした「Malham」は圧巻だった。荒涼として乾いた土地の様子が伝わってくる。

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2014年08月12日

オールバラード

週月曜日に演奏する曲がだいたい決まったようです。

How My Heart Sings 
But Beautiful 
Gone with the Wind
You Don’t Know What Love Is
My One and Only Love

ひとまず、こんな感じの曲。first stage はオールバラード。ほろ酔い気分で聴いて下さい。 Sccond stage は毛色を変えたジャンルの曲も登場します。サプライズセッションがある、かも...

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2014年08月06日

18日、月曜日

風2連発の谷間、みなさま如何お過ごしですか。お陽さまは出ているけど、いつ降るとも分からない雨に洗濯物も出せない、と今日は妻がぼやいております。

帰省している舜が今年もライブをやることになりました。18日、月曜日。うちのラ・メールで、夜7時からです。中学3年生の卒業謝恩会で初めてジャズを弾いてから、村の人たちの前で演奏するのは何回目でしょうか。毎年大勢の方に聴いてもえるなんて幸せなことだと思います。それもホームで。

今回はソロピアノ。得意のバラードをじっくり聴いてもらいたいとのことです。ビールはいつもどおり出しますが、バーボンも出しちゃおうかな。って、おれが好きだから ^^

1ドリンク付き【 珈琲(ブレンド)、紅茶、ジュース 】500円
ビールの方は600円

お問い合わせは、0983-41-4186 カフェギャラリー ラ・メール まで

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2014年05月22日

OGAWA SHUN TRIO LIVE

日のライブの様子が Cafe Dolce Vita さんのHPにアップされていました。

5/16 LIVE 記事

写真

予想を上回るお客さまだったようです。お越しいただいたみなさま、ありがとうございました。


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2014年05月13日

OGAWA SHUN TRIO

京の友人、知人、金曜日の夜。7時からと9時からの2ステージです。東京で弾くところを見ていないので、行きたいのですが叶いません。どんな音色(ねいろ)で伝えるのか興味津々です。お運びいただけると嬉しいです^^

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Dolce Vita (Website
最寄り駅 JR大久保駅 / 地図 店内


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2014年03月20日

若い時の一人旅

がイギリスから戻った。2週間の一人旅でどんな自分に出会ったのだろうか。「いの一番」で帰国第一声を待ち構えていたら、たまたま夕べ早く寝てしまい、深夜の羽田から掛けてくれた2度の電話に出られなかったのには "すまん" ことをした。若い時の一人旅は、複数で行く、または歳を重ねてから行く旅とは全然別ものだ。

一人旅では自分がどれほどの器量の人間なのかをあからさまに知ることになる。「天涯孤独」という言葉を恐怖と共に感じることもあるし、七つの海を制覇しよう、なんて次の旅を計画する大きな気持にもなる。経験不足からくる躊躇や決断が成長の糧だ。

バーチャルでは手の届かない経験をしてきたようだ。大地に触れた指、色彩の違いに気づいた目、町の匂いを嗅ぎ分けた鼻、五感が更に研ぎすまされたと思う。未来へ向かう方法や、奏でる音色(ねいろ)に期待したい。

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「米良と同じ匂いがした」。マラムという村から


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2014年03月04日

一人旅の最初は英語のふる里

日から息子がイギリスに出かけた。春休みを利用した一人旅である。大学で英語を専修しているので、一人旅の最初は英語のふる里、イギリスにしたという。幼い頃から初対面の人と接することが苦手な口だったが、性格は変えられない。頼れるのは自分だけの一人旅に何かを見出したい気持ちもあったようだ。ま、そうはいっても表現できるスポーツや音楽では人一倍自分をアピールしてきた。本人が思うほどでもなさそうだが、2週間の旅でどんな自分に出会えるか、表現力は経験値と比例する。本人ならずともその成長が楽しみだ。

25歳の時、甘っちょろい自分に嫌気がさして「元服」を宣言。中国を東から西へ2ヶ月間の撮影の旅へ出発した。ひとりぼっちの大陸で様々な自分が現れて、奈落の底へ落とされたり、それを勇気づけたりしながら己を知った。天安門事件(1989年)の3年前で、男性のほとんどは人民服。今思えば眠れる獅子の中国を詳細に計画的に記録できたのに、と悔やまれるが、僕より優れた息子は綿密にそれをクリアして英国の地を闊歩している。

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1986年。当時在京していた西米良出身の同級生が成田まで見送りに来てくれる。左から、私、佐伯、高橋。小脇に「地球の歩き方」が見える。

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2013年12月11日

学生の独り暮らし

生時代というと、義務教育より上の学校に行くにしたがって個性が際立ってくるように見える。親元を離れて自由になるし、自己の確立が進んでその人本来の姿がムクムクと顔を出すのだろう。自分に例えて言うなら、高校までは ”片付けの出来ない子” と母は決めつけていたが、独りで住んでみれば意外にきれい好きという一面が出てきた。ボロアパートながら、東急ハンズの商品ばかり買い込んでポパイを参考に部屋をコーディネートしてみた。しかし今思えば、女の子が遊びに来ても恥ずかしくない空間にしておこう、なんて下心があったのかもしれない。結局努力は報われなかったし...。

羽田から息子の暮らす街へ向かった。古くから商店が栄えた場所で、様々な種類の店舗が軒を連ねる。「先週食べた焼き肉屋に行くか」と2人で6人分の焼き肉を食べた。2人と言うと語弊がある。父1、息子5の割合だ。これだけ食べて痩せっぽちなのは普段食ってないんだろうなぁ、なんて思いながら最後の一切れを「おれは食わんぞ、お前食え」と差し出す。

アパートに着くと見た事もないパスタの袋が置いてあった。「なんだぁ?」「パスタ」「でかいなぁ」「5キロ」「...」。聞けばご飯よりパスタの方が好きで、割安ときてるからほとんどパスタが主食になっているのだそうだ。妻が見たら「バランスよくご飯も食べなさい」と言うところだろうが、これが学生の独り暮らしだなぁ、と自分の事を思い出して可笑しくなった。

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2013年11月30日

悩めばいい

己をさらけ出した自分に共鳴してもらい、さらにお金を払って観に来てもらう。なんて素敵な職業なんだと、若い時分は理想が先行するが現実に直面すると痛いしっぺ返しをくらう。くらうから何が自分に足りないのかと模索して、努力して、考える。それができなければ表現を仕事にすることは止めた方がいい。趣味で続けることが一番の幸せだ。

依頼されたり、出演を希望してライブを行なっている、息子たちの話。お客さんが入らないと嘆く。技術や表現か、営業力か、気持ちか、Jazzという分野のせいか。奇特な経営者の方が、育てることを念頭に使って下さる。もちろんギャラは無い。貧乏学生の身で交通費、食費を捻出することは身も細る思いだろう。「初めて500円のギャラもらった時は嬉しかったなぁ」。客数はほとんど一桁。

いいと思う。悩めばいいと思う。そこから絞り出されたものは、平々凡々と暮らしてきたぬるい音とは違う魂を感じる音になる。生きざまだ。負荷を掛け、それを自分のものにしていくしかない。自ずと人も寄る。永い永い人生、たっぷり時間はある。

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2013年10月23日

峰...、なんとか

っぱりあれだな。時間っていうのは繋がっていて、過ぎ去ってしまった記憶も未来でその過去と現実で出会うことがあるんだな。

上京した1980年当時、クロスオーバーと呼ばれていた音楽が全盛を迎えていた。ビートルズと陽水しか聴かなかった僕は、後にフュージョンと呼ばれるこの音楽を聴き始めてジャズへの興味を膨らませてゆく。「ミュージシャンの写真が撮れるから」と写真学校の友だちに、六本木のライブハウス、ピットインに連れて行かれた。店の中は薄明かりのライトしか点いておらず、煙草の煙で空気は淀んでいたが、その怪しい雰囲気が「大人の世界」へ足を踏み入れた気がしてワクワクした。

演奏が始まると赤いシャツを着たサックス奏者が聴いたこともない大きな音で演奏し始めた。体をうねらしながら奏でる音楽は、言葉からしか伝わってこなかった今までの「歌付き」の音楽にはない感動を与えてくれる。

それ以来すっかりこのジャンルの虜になって今に至っているのだが、当時続々とフィンを増殖させていったフュージョンアーティストの中において硬派を貫いたネイティブサンというグループがあった。本田竹広(pf)と、峰厚介(ts)を中心に活動しており、その人気はアメリカのファンまでも広がっていた。金のない貧乏学生の僕は新宿の中古レコード屋でデビューアルバムを買って何度も何度も聴いた。結局ライブに行くことは出来なかったが、日本人には少なかったテーナーサックスを操る峰厚介の音にしびれまくった。

時代は巡って、幼児の頃からジャズを聴かされた息子はすっかりその音楽に染まってしまった。大学も2年になると仲間たちとライブハウスに出演するようになる。

「今度、峰...、なんとか、ていう人の前座でやらせてもらうことになったよ」
「ちょっとまて、峰、なんとかって、峰厚介じゃないだろうな」
「そうだ、峰厚介さんだ」
「お前、お父さんのレコードの中で見た事があったろ、髭づらの人たちが海で撮ってるジャケット」

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なんと、あの時にあこがれたネイティブサン、峰厚介さんのバンドの前座で演奏させてもらえるチャンスを頂いたとのこと。しかも一曲峰さんが吹いてくれるらしい。できることなら飛んで観に行きたいところだったが、それも叶わず、学友君が撮った写真をお借りしてこの思い出話を終わることにする。

時代は順繰りだとは限らない、時代を飛び越える、ってこともあるんだな。

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Photo / Masa Iwata


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2013年08月07日

恩田君と土岐君が宮崎を離れた

変刺激的な1週間だった。関東育ちの若者が、踏み入れたことさえなかった九州の、さらに宮崎の山の中で暮らした時間は大げさにいえば人生観までも変えてしまうほどの出来事だったに違いない。こんな場所に何故人は住むのか、何もないが何かある気がする。物質では満たされない、生きるための本質的なものとは何か。そんなことを感じながら貴重な体験をしたと思う。

ライブで素晴らしい演奏を聴かせてくれたトリオのうちの二人、恩田君と土岐君が宮崎を離れた。緊張した面持ちで宮崎に降り立った1週間前とは別人のような、柔和な表情を見せながら「また来ます」と握手をしてゲートをくぐって行った。

人は縁があるから出会うのだし、意味があるから共に生きるのだ。それは今回一緒に参加した神楽のみなさんや村の方々もしかり、どこでどう繋がっていくのかは誰にも分からないが、出会った人は何かしら人生で必要な人たちだ。昨夜温泉館で最後の夕飯を計画してくれた父母が、「孫がいっぺんに2人増えた。宮崎に別荘ができた思ってまた遊びにおいで」と言って二人を喜ばせた。

個性的な二人とまた再会するのが楽しみだ。人として、演奏家として、大きく、豊かに育ってほしい。ほんとうにありがとう。

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2013年08月05日

自然を五感で感じる

夜明けても泥のように眠る3人だったが、西米良に来たらどうしても行って欲しいところがあった。菊池記念館や作小屋もいいが、ハタチの大学生が天秤に掛ければやっぱりこちらを選ぶだろうと連れて行った。飛び込みのメッカ「山之口」。ここ最近、ソラシドエアの機内冊子で紹介しているのでピンとくる方もあろうが、肝だめしのあの場所だ。

前日雨が降り雲の多い天気だったが、水位も上がらず絶好の飛び込み日和。もちろん危険なことをわざわざやることはないので、低い所から「慣れれば飛んでみれば」と言いながら面白くなるのを待っていると「2年ぶりに立つと恐怖心が強くなってるね、情報が頭に入っただけに恐怖心も増すんだね」と理屈を付けて躊躇していた舜が「行くよ」と言いながら空中散歩よろしく、飛び込んだ。

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続く恩田君も「僕も行っていいですかね」と律儀に言い放つと特異なポーズをとって飛び込んだ。

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憶えている限りでは川で泳ぐのは恩田君も土岐君も初めてのようで、子どものように無邪気に清流と戯れた。自然を五感で感じたなら大地からのメッセージを受け止めて、君だけの音を奏でる演奏者になってくれ。

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2013年08月04日

笑顔がいい

「川の字」が濁流のようになってもまだ寝続けているが、起こす気にはなれなかった。まるで寄宿舎のようになった我が家は、ピアノの部屋が音楽室、寝室は合宿所と化している。「3人の男の子を持つってこんな風なのね」と妻が意外にも嬉しそうに言う。よく寝て、よく食べて、よく育つ。村にやって来た時の顔と今の顔が明らかに違っている。笑顔がいい。

今夜は妻の店、ラ・メールでライブをやることになっている。楽器を運び込んで第1部の始まる2時前にリハーサルをしていると、息子の高校時代の友だちがバスを乗り継いで宮崎市から観に来てくれた。時間になると三味線を続けている地元の後輩や村を訪れた東京からのお客さまもあった。

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第2部は夕方、6時半からだったが、開始前から続々とお客さまが続き、椅子が無くなるほどの盛況ぶりだ。途中、「去年の宿題憶えとる?ナ・ツ・メ・ロ。ナツメロやってくれるって言うたがね」と去年も来てくれた近所のおばちゃんが言い出したが、”上を向いて歩こう”をJAZZYな雰囲気でやり切って何とか凌いだ^^恩田君のベース、土岐君のドラムが小さな店内に響き渡る。衣料品店だった12年前にだれがこのシチュエーションを想像しただろうか。時は巡り、時代は変わる。

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2013年08月03日

歴史的な一夜

ヶ月前、「第40回やまびこ花火大会」のライブステージで息子たちに演奏して欲しいと村から打診があった。まだ修行の身にして、公式の場にゲストで参加するのはどうなのだろうかと躊躇したが、担当者が期待しているのは8年前に行った神楽と音楽とのコラボレーションだという。村に育ち、幼い頃から神楽に親しんだ息子がそのコラボを観たのが中学1年。音楽高校に通いは始めた1年生の冬、12時間続く神楽33番の演目全てを楽譜に収めた。口伝によって500年伝えられた神楽の音を村の出身者が、それも高校生がやってのけたと、当時のテレビや新聞が取り上げた。翌年、村から発刊された「西米良神楽」の中で息子がその思いを文章に綴った。「これから音楽を勉強していくと、もっと色々な発見があると思う。その発見を自分の音楽のスタイルに生かしていき、神楽とクラシック音楽を融合させた曲も作っていきたい」。クラシックがジャズに変わり、5年前に目標として掲げた神楽と自分の音楽との共演が実現した。

7時半の花火打ち上げに合わせてライブが行われる。3時に音合わせのリハーサルに向かうと「なんか、やっと落ち着いたよ。もう覚悟ができた」。そう言って一度自宅に戻って3人で最後の調整を済ませた。

出来ることなら、とっぷりと陽の落ちた頃に始めさせてやりたかったが、暮れなずむ空はまだ日中の光を残したままだ。1曲目の”On Green Dolphin street”が軽快なテンポで始まった。ピアノ、ベース、ドラムソロが続くと3人の顔に笑顔がこぼれる。2曲目がベースの恩田君が作曲した”Blue Moon”、3曲目にMilesDavisの名曲”All Blues”、最後はBob Jamesの”Mind Games”。緊張気味だった音も落ち着いてくると若者らしいフレッシュな演奏になった。思っていたより完成度が高い。

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トリオでの演奏が終わるといよいよ神楽とジャズのコラボレーション。楽器と舞手と楽(笛、太鼓)の配置の確認が終わると中武洋文君の天までも届きそうな透き通った篠笛の音で、33番中18番目の演目「神水」の舞が始まった。通常であれば1時間以上舞い続けるが、ステージ用に15分余りで舞い終わるようになっている。31日に帰省して2回の合わせ練習をしただけで舞と音色がきれいに解け合えば、8年前の若手だった舞手が村の中心メンバーに成長していることに気付かされる。途中、笛、太鼓が止んでピアノ、ベース、ドラムだけで舞うシーンが何度かあった。12月の凍てつく寒さの中で舞う神楽を知っているからこそ出せる音だろうか、この時間になっても30℃を越える猛暑日のはずなのに、氷点下になる大祭の空気が脳裏を覆い、季節を越えた時間を体験した。8年前、舞台袖で観ていた中学1年生の小僧が、今こうして村の未来に向かったステージで一翼を担い、鍵盤を弾き続ける。その姿を見て柄にもなくウルッとしてしまった。帰って来て、よかった、と...。

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ぴかぴか(新しい)


40回目を迎えたやまびこ花火大会は好条件に恵まれた。毎年、夕立に逃げ惑い、無風のため煙が消えないコンディションに何度泣かされたことか。一大イベントの成功は、それを支える村役場の職員を筆頭に多くの村民、関係者の方々の力に他ならない。大きな区切りを越えた新たなスタートに相応しい歴史的な一夜であった。

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2013年07月31日

綿密な擦り合わせ

会の匂いを嗅いだのも束の間、ゴゴイチで宮崎空港に着く息子たちを迎えに帰宮しなければならない。ETCの割引を利用して8時過ぎに都市高速に乗って、九州道に入る。時間を計算しながら走れば人吉で下りて、国道219を走り、一旦帰村しても間に合いそうだ。頂いたお祝いや祝花をスタジオに降ろして今度は空港に向かって出発。

「搭乗したソラシドエアは綾町の飛行機で、機内紙の『飛び込み』写真は見せられなかったよ」と元気な顔で舜がゲートを出てきた。3日、花火大会直前のライブステージでゲストとして呼んでもらった3人は、楽器と1週間分の荷物をスーツケースに満載して西米良にやって来た。

るんるん

3年前、地元音校を卒業して音大に受かるも、
「一般大学に行きたいから浪人させてほしい」
「許すが、1年だけ」

そんな会話の10ヶ月後、精神も体力もギリギリまで追い込んで、立教大学に通うことになる。自由の身になると、封印していたジャズピアノを再開して大学の友だちと活動が始まった。ライブハウスでの演奏が活動の場だが、あの人生の岐路を自分で選択したからこそ実現した今回のライブ出演。思いもしない未来が待っているものだ。

ぴかぴか(新しい)


3日のスケジュールは、県内で旋風を巻き起こしているダンスチーム「メラザイル」や、青年たちが行なう「米良太鼓」などが出演した後、夕方5時半か6時頃から出てくることになっている。自分たちの曲を4曲ほど演奏した後、西米良神楽の演目である「神水(かんすい)」の舞とのコラボレーション。

帰宅後、自室にメンバーとカンズメになって練習を始めた。夜8時からは中学校の体育館をお借りして、神楽の舞(4人)、楽(笛、太鼓)と綿密な擦り合わせを行なった。

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8年前に行なったプロのJazzユニットとのコラボレーション時には、神楽のメンバーも20代だったが今はちょっと太めになって貫禄も出てきた。「夏は体力が持たんから何回も舞えんどぉ」と言って笑いを誘うと、緊張気味の若きジャズメンの顔がほころんだ。

「聴く方は面白いだろうけど、これは大変なことだ...」と楽譜に向き合っている。この負荷は未来の君たちにどれだけの恩恵をもたらすか分からない。精一杯、今持てる力を試すためにも妥協しない演奏を期待する。

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2013年02月12日

『誠実』な人

る方に食事のお誘いを受けて山を下りた。世界で活躍中の音楽家を撮影させてもらったことがきっかけで今夜の会になったのだが、その方も一緒だという。ご迷惑だとは承知の上で明日東京へ戻る舜も参加させていただけないだろうか、とお願いすると快く同席を許された。

九十九折の米良街道を走るが、雨のために思ったようにスピードを上げられない。ホテルにチェックインしてお店に向かうと、30分近く遅れたにも関わらずみなさん食事を待っていて下さった。久しぶりの再会と一流の音楽家に矢継ぎ早に質問する舜を見て、呑みのピッチも上がり早々といい気分になってしまった。5人で始まった会だったが、気がつけば倍の10人になっていて大いに盛り上がる。

「とりあえず、ここはお開きに」と次に向かった店にピアノが置いてあった。皆、ソファに案内されたが舜が躊躇なくピアノの前に座った。去年までなら遠慮がちにどうするか考えそうなものだが、この積極性には少し驚いた。

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プロの音楽家が聴いてくれていると思うと、申し訳ないやら、嬉しいやら、酔っぱらっているのにすっかり「保護者」の感覚で、気が気ではない時間が過ぎていった。1時間ほど弾きっぱなしだったのに、楽しくて仕方がない、という顔をして席に戻ってきた。感想も頂き、彼の人生において忘れられない夜になったと思う。

縁というのは不思議なもので、あたかも以前から決められていたのではないかと感じる時がある。9年前のコンサートでサインの列に舜も並んだ。9年後の未来に、あの時のギタリストの前でピアノを弾く事になろうとは誰が想像したろう。

「とにかく、全てにおいて『誠実』な人だった。黙々と練習を積み上げるしかない。それでいいんだ、って確信を持てたよ」

皆さんと別れて二人になった後に馴染みのBarに寄った。酔いつぶれる父はおうむ返しのように「誠実、誠実」と繰り返した気がするが、ほとんど記憶が飛んでいる。覚えているのは「本物のプロに今の自分を聴いてもらいたかった」と嬉しそうに話した笑顔だけだった。



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2013年02月09日

中武ファーム長男坊の結婚

平洋を見渡せる白いホテルの会場で、250名近い列席者が31のテーブルに着席した様子は壮観だった。7割は村民。村の人口の1/7が出席したことになる。中武ファーム長男坊の結婚は、並々ならぬ思いが込められた素晴らしい披露宴だった。

依頼された演奏は「メラバンド」と、新婦が両親に贈るメッセージを読むシーン。披露宴の前に練習に入ったら、「スタインウェイだった、福岡で弾いた時以来。さすがにいいわ、ず〜と弾いていたい気分」と言いながら出てきた舜は、ちょっと興奮気味。

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大勢のお客様の前でも、メラバンドメンバーは臆することもなく堂々とやってのけた。

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クライマックスも気持ちを込めて、一音一音丁寧に弾く様子が見て取れる。

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みなさんが自分の時間を割いて、二人のために用意してくれた今日の佳き日。長く長く続く夫婦の時間のスタートを、列席した大勢のお客さまから頂いたということ。幸せの時間をより多く作ることがこの日の恩返しだと思う。末永く睦まじく、そしてお幸せに。

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2013年02月07日

誰に似たんだか...

11月の末から毎月帰って来ている。今回も知人の結婚式で演奏を依頼されて帰省してきた。大学の授業は終了しているので時間の余裕はあるのだろうが、こう頻繁に顔を見ると僕の頃の東京とはずいぶん距離が縮まったなぁ、という気がする。

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かの有名なメラバンドの一員としての演奏と、新婦が両親に手紙を読み上げるシーンで弾く。空港から西米良に戻るや否や、メンバーが集まる公民館に向かい、音合わせをして夜10時過ぎに帰宅。今度は自分が弾く曲をCDから楽譜に落とす作業に取り掛かった。水を差すようですまんが、結婚式の披露宴というものは友人の挨拶でさえ全員が聞いてくれるものではない。酒が入ってワイワイ、ガヤガヤ。「それでも自分が納得しないと弾きたくない」。まったく、誰に似たんだか...。宴はあさって、おれだけはちゃんと聴いてるから、安心しろ。


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2013年01月04日

西米良村成人式挙行

寧に育てた自負はある。だが、溺愛したとか、過保護にした覚えはない。物心付いた時から一人の人として接してきた。赤ちゃん言葉を使ったことも無かったし、子どもだから許される、ということも無いと教えた。どうしても分からない時には鉄拳を振るったが、中学の入学式の後に「お父さんはもうお前のことを叩くことは無い」と宣言した。直視する素直な眼差しに、辛かったあの頃の生活を思い出した。大まかな刷り込みは終わったと思った。

東京から西米良への帰郷で環境は激変したが、その生活を楽しんだ。5年生から虜になったピアノを始められたのもこの環境があったから。中学3年間で巣立ちの助走を完了させて、一人暮らしを始めた高校生活。大好きなピアノを一日中弾き、音楽の知識を得ると伝統文化の疑問に答えを求めて神楽の採譜に取り組んだ。

音大の頂点を目指した矢先に事故に遭い、左手を骨折。全てが終わったと思ったが、不屈の精神力で大きな財産を得た。周りもその後の進学先を音大と信じて疑わなかったが、「広い視野を見たい」と一般大学への進学を決めて浪人生活に入る。希望は立派だが、とてつもない学力の差を感じたのは予備校に入学後。「とんでもないことを宣言してしまった..」と焦った。重たいリュックを背負って予備校に通い、黙々と知識を詰め込む毎日は壮絶を極めた。秋口には電話で話す言葉が口語体から文語体に変わって、会話がおかしくなってきた。本気で心配になった。

10ヶ月目の春、晴れて大学の門をくぐる。学びたい学問に好きなだけ向き合え、抜け落ちた1年を取り戻すようにジャズピアノを弾く毎日に「夢のようだ」と言った。大学1年生はもうハタチになっていた。

2013年1月4日、西米良村成人式挙行。12人の成人者のために恩師の先生方16人が駆けつけた。村長氏、村議会議員、関係者、保護者、60名を越える方々に祝福されてハタチを迎えた成人者たちの顔はあの頃と少しも変わっていなかった。野山を駈け、川の流れと戯れた子どもたちが、今の自分と将来の自分を語ってみせた。

答辞を任された舜が、考えた1500文字の挨拶文を暗記して朗々と語った。前例のない答辞用紙を持たない姿が感動を呼んだ。西米良から受けた影響、恩恵、そしてこれからの夢。12人の代表として立派にやりきった。

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式典を終えた後の祝賀会で2曲を弾いた。ピアノのスタートだったクラシックの曲と、5年前の中学卒業時の謝恩会で弾いたWaltz For Debby。当時も聴いてくれた方々も頷きながら聞き入ってくれた。

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子育てと言いながら、親育てであることにも気づかされる。今度は大人として、どんな刷り込みをしていくべきか、永遠なるイクメンはこれからのようだ。

posted by オガワタカヒロ at 21:48| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 小河 舜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする